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長い間不登校YouTuberとして活躍している子が最近学校に行きはじめたという記事を目にしました。
キッカケは何であれ本人の意思で行くと決めたこと、学校ならではの楽しみもあるようで、ずっと通っていなかったからこそのものの見方や感じ方があるのかなと思います。
学校に行っているのが正しい、行っていないのは間違いとか負い目とは私は思っておらず、個人的にはどちらでもよいと思うのですが、
・行きたいけど行けない
・命や心と体の危険性を感じるとき
は無理をして行くべきではないかなと、約2年弱通っていなかった子どもの様子をみてきて感じます。
教育や子育てに正解なんてなく、周りと同じようにするのも正解だとは思いません。そして多数派ではない選択肢(学校に行かないこと)をとると、大人以上に子どもは口には出さなくとも不安でいっぱいなはずです。
今お読みいただいている大人の方で、職場を長い間お休みしていていざ出勤するとなったら緊張しませんか?大人でもそうなのですから、心も体も発達途中の子どもたちにとっては相当な負担であることには間違いないでしょう。
このブログで私は何度か子どもが不登校を克服したという言葉を使ってきましたが、これは間違いだったかなと今回気づかされました。
克服というより、その時期があったということ、不登校であった時期は子どもにも私や夫、また周りにも考え方やものの見方、登校していたら絶対分からなかったであろう今後生きていく上でたくさんのことを経験できたことに間違いありません。
コインと同じで全てのことに【両面】は必ず存在します。
子どもの体の状態を自由診療で可能な範囲で徹底的に調べ、栄養状態や栄養療法を学べましたし、本人にとって今後も自分で気をつけていかなければいけない知識を学ぶことができました。一般の医療や栄養学では学べなかったことばかりです。
また、毎日家にいるとネットやマスコミのニュースは同じようなものばかりが流れている事に早々から気づけたこと(笑)、大人や社会の矛盾、自分自身これからどうしていきたいか、ということも心と体が回復するにつれて自分に向き合える貴重な時間だったとも。
今の世の中、立ち止まることがあまり許されない風潮。学校では一日中勉強、社会に出れば一日中仕事。ほんの少しでも立ち止まったり自分の時間を作ることで、周りに流されず疑問を持ち、流されないことも私は子どもの不登校から学ばせてもらいました。
・不登校の時期があった。
・不登校の経験から親子ともに多くのことを学べた。
ただただ本当にこれに尽きます。
過去記事は修正せずそのままにしますが、不登校を克服という表現は今後控えていきますね。
それにしても生きていると日々学ばされることばかり。
どんなことにも感謝をし、丁寧に過ごしていきますね。