パート主婦の子育て・投資日記

少し丁寧な子育てが必要な小学生の母です。 子供がどんな道を選んでも応援できるよう、専業主婦からパート主婦へ。そして海外投資を開始。日々の出来事を書いています。

転園

年長になる年。

悩みに悩んで、転園することを決めました。

 

このまま就学まで通園したかったのですが、

診断がついていても、

うちの子の状態では、小学校では何も支援が受けられないこと、

 

自分が勉強したり、色んな方とお話を聞いていると、

この先全く支援は無しで、

生きていかないといけないことは認識していたので、

最後の1年間は一般幼稚園に行かないと、

子供が辛くなると思い決断しました。

 

もし合わなかったり、失敗した時は、辞めてもいいし、

その時考えようと。

とにかく、やってみようと思いました。

 

とは言っても、環境の変化にすんなり対応できるようになったわけではなく、

3年間で、目を見張るような成長もありましたが、

苦手な部分は、そう簡単に改善されるわけではありません。

 

主人が当時住んでいた地域の一般幼稚園ほぼ全てに、

受け入れてくださるか、問い合わせ、

お返事いただいた数か所の園に見学、

そのうち子供も主人も私も、ここならなんとか大丈夫かなと

転園を決めました。

 

転園にあたって注意したことは、

 

・とにかくのびのび自由でおおらかな環境。

・勉強・運動・芸術より、社会性が育ちそうなところを重視。

・子供がとにかく楽しく通園できそうなところ

 (例えば壁紙の色や、照明、匂い、雰囲気、感覚過敏なため、

  私には理解できないことも、本人のストレスになるので。)

・見通しをたててくれること

(急な予定変更がある場合は、丁寧に全体に説明する園でした。)

 

幼児教育はとっても大切なことは分かっていましたが、

この時の子供の状態では、

とにかく社会で自立していく力を無理せずつけることが

第一優先。

 

なので、

 

勉強→家庭で通信教材、

運動→園や近所の子と外遊び、冬季はスキー

   (有難いことに、理解してくれる数人と出会えました。)

芸術→工作教室を続けたいと希望だったので、

   いくつか教室を見学し、気に入ったところに入会

 

こんな感じで過ごしました。

 

この子がいつか自分の夢を持った時、

必要な力・選べる力をつけておいてあげたいので、

転園後も私が出来ることは全力でしたつもりです。

 

住む場所と園が両方変わることは、

本人にとって大変ストレスがあったと思いますが、

先生方のご配慮、周りのお友達にも恵まれ、

1年間行きたくないとは言わず、無事卒園することができました。

 

行事の際、急な出来事に対応できず固まったり、

泣いてしまうことは勿論ありましたが、

今、本人は、

療育施設も、幼稚園も、どっちもすごく楽しかったと話してくれるので、

必死で過ごしてきた日々は、間違いではなかったと思っています。

 

やっぱり、

 

行動せずに後悔するなら、行動して後悔した方がいい。

 

のかな。と思います。